2017年6月
文・石村光太郎

 

2017年6月4日(日)クラリスブックスの読書会が開催されました。課題本はスタンダールの『赤と黒』を取り上げました。

過去の読書会において私たちは『罪と罰』『悪霊』『魔の山』といった文庫本にして2冊以上の海外文学の大作、それも古典として名をなした小説をいくつか読んできました。『赤と黒』もそんな大長編の古典です。

古本買取クラリスブックス スタンダール『赤と黒』読書会
「古典ではあるが長大な作品ゆえ読むのを躊躇していたが、読書会を期に読んでみた。」
そんな声をかけられると読書会を開いた甲斐を感じます。社会人の方が多く参加されることもあり、時間の制約もあり読み切れず読書会の日を迎えて気に病んでしまうこともありましょうが、読み切った人の様々な感想を聴いたことにより、また続きを読もうと背中を押されればそれで良いと思います。
当日ギリギリまで夜を徹して読みきってきた疲れからか、妙な具合にテンションが上がっていた参加者もおりました。長編を取り上げると色々語り足りないことが、各人後から浮かんでくるでしょう。それでもわずかながらの共有した時間を糧として持ち帰り、ひとりでは思いもよらなかった作品への思いを再構築していただければと思います。

フランス革命とナポレオンの時代が過ぎ、その揺り戻しとしての王政復古の時代、さらに目前に七月革命を控え混沌とした19世紀前半のフランスのある田舎町とパリを舞台に、波瀾万丈の世をジュリヤン・ソレルという青年が一気に駆け抜ける姿を描いた『赤と黒』は、長編であるにも関わらずスピーディーな展開と細かな章立てのテンポのせいか、概ね読みやすく好意をもたれたようです。
対照的に苦手である、読みづらいと表明された方も数名おられました。「読みやすさ」と「読みづらさ」がこれほどはっきり分かれたことが、今回の読書会では印象に残りました。作品の主人公ジュリヤン・ソレルに対する好悪により作品に対する評価が分かれたようでした。

古本買取クラリスブックス スタンダール『赤と黒』読書会

「青臭い青年が勝手に死んだ」という意見がありました。ジュリヤン・ソレルを要約してこれ以上的確な言葉はないでしょう。類い稀な記憶力と美貌を武器として持つこの青年は、ナポレオンを手本として出世への野心をたぎらせ、時代を突っ走ってゆく。内面の不安と恐怖をひた隠すように妄想のような自信過剰で武装し、図々しく無神経な大胆さでずかずかと世界へ踏み出してゆく。この膨れ上がった自我(エゴ)の塊の持ち主は、今で言う中二病と揶揄されても仕方のない未熟な青年です。
しかし彼の行動力は妄想だけにはとどまりません。貴族、教会、新興の富豪(ブルジョア)、農民、軍隊などなど、フランス革命以後とはいえ、まだまだ閉鎖的なコミュニティがひしめき合い、その垣根は容易に取り払うことが出来なかった時代にあって、ジュリヤン・ソレルはそれらコミュニティの中を縫うように移動し、そこに住まう人々を目撃し、通じ合い、我々読者を19世紀前半のフランス人の暮らしと精神世界へと誘います。
ジュリヤンは反抗心を抱く貴族や宗教界の中へも身を投じ、反発を覚えながらもラ・モール侯爵やピラール神父らの人格に打たれ、レナール夫人や侯爵の令嬢マチルダとの恋に身をやつします。それは階級や立場を超えた彼ら彼女らの魂の高潔さを見いだしたからだと思います。もちろんジュリヤンの目に映ったものは高潔さだけではありません。先の見えない時代にあって陰謀が蠢き欲に絡めとられてゆく人間の醜さにも直面します。そんな中にあって若きジュリヤンの自我は高潔さに殉じることを選択します。

ジュリヤンの運命がここに到るまで、縦横無尽に時代の中を駆け巡る姿を描くスタンダールの流れるような筆致は読むものを飽きさせません。川と山に囲まれ林業を生業とし、革命と共にブルジョアが勃興してゆく田舎町ヴェリエールから小都市ブザンソン、そしてついにパリへと転換する場面描写。ジュリヤンを中心とする登場人物達の思惑と感情の交錯のスリリング。特に舞踏会の場面ではひしめき合う複数の人物たちの会話とその心理の綾を、映画のカメラワークのように捉え、小説と映画という近代以降の表現法の接点をみたような気がしました。
『赤と黒』の物語はひとりの青年の成長とその運命という古典的な英雄譚の型を踏襲しています。しかしジュリヤン・ソレルは抜群の美貌と記憶力という武器は持っていますが、読むものをして英雄という印象は与えません。19世紀、近代から現代へといよいよ産業が膨れ上がり、人類の歴史上、考えられないくらいの猛スピードで情報が世界中を駆け巡る時代がやってきました。無数の「私」「他人」がひしめき合い「近代的自我」なるものを引きずりながら現代に到るメディアの時代へと突入していきます。革命後の近代フランスに生まれ、出自や階級の垣根を越え神出鬼没に移動し、もはや上昇という目的だけでは処することが出来ないほど複雑に入り組んだ社会に挑む、ジュリヤン・ソレルという青年は誕生しつつあるメディアの象徴なのかもしれません。

近代小説という新たな時代の表現を携えた作者スタンダールは、まだ若く「中二病」と揶揄されるほど幼さに揺れ動くメディアの萌芽に何を託そうとしたのでしょうか。そして21世紀の現代、我々のメディアは彼の思惑以上に膨張したが、彼の期待通りの成熟を遂げたのだろうか。そんな問いを思いながらもういちど『赤と黒』を読み返してみたいです。

クラリスブックス 石村

 

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