2017年12月
文・石村光太郎

2017年12月3日(日)クラリスブックスの読書会が開催されました。課題本はヴァージニア・ウルフの『ダロウェイ夫人』を取り上げました。

「心に余裕のある時に読みたい。」という発言がありました。雑事に追われているさなかでは読み進むことができない。途中までしか読むことができなかった。皆、なかなかこの小説の中に入り込むことが出来なかったようです。しかしただ単に「読みにくい」作品であったと片付けてしまうような作品ではなく、いままで「読んだことのない」稀有な体験として我々の心に刻まれました。これは自分ひとりの感想なのかなと思っていたのですが、今回の読書会参加者にほぼ全員に共有されていた思いだったようで、『ダロウェイ夫人』が放つ唯一無二な存在感をあらためて認識することができました。

古本買取クラリスブックス 外国文学 ヴァージニア・ウルフ『ダロウェイ夫人』

ダロウェイ夫人がパーティーを開催するある日の朝から夜まで。『ダロウェイ夫人』の背景に流れる時間と出来事は至ってシンプルです。普段と変わらず雑事に追われる淡々とした日常がそこにはあります。しかし日常の奥底から登場人物達の様々な思惑が、現在や過去から、あるいは舞台となるロンドンの街のそこかしこから、あるいは背景にある英国の情勢の内から外から、パーティーに引き寄せられるように我々に押し寄せてきます。『ダロウェイ夫人』というタイトルが示す通りここに現れる登場人物達は、多かれ少なかれ、過去と現在おいて、お互いを知り合わなかった戦争恐怖症の青年とその妻をも含み、ダロウェイ夫人と何らかの関わりを持つことに我々は知るにいたります。

太陽の降り注ぐ真夏の陽気と生命の息吹、繁華街や公園の賑わい、飛行機雲、救急車のサイレン等々。この小説を俯瞰してみると20世紀初頭のどこか騒がしくも活気に満ちたロンドンの変哲のない一日にしか見えません。しかしそこに存在しているひとりひとりにフォーカスを絞ってゆくと千差万別の思念を放っています。登場人物達の思考が次々と誰彼かまわずコラージュされ、手持ちカメラで撮られたドキュメント映像の如く流れてゆく描写は、小説イコール物語という概念に慣らされている我々の既成概念をぐらぐらと揺さぶります。精製する以前の状態のものを読んでいるようだとの感想があり、その通りだなと思いました。

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様々な階級と立場の人間が強さと弱さをさらけ出し、傷つき、憎しみ、認め合う姿が、起承転結おかまいなく予想せず展開していく。20世紀初頭、ロンドン、イギリス人、第一次世界大戦、階級社会、政治、ファッション。我々とどれほど縁の深い時代と舞台背景であるかは人それぞれでしょうが、いつしか読者はこのある一日に我々もどっぷりと巻き込まれてしまう。まるで目の前に存在するよう名登場人物達の姿とその内面。「え、この人こんなこと考えているの」「え、こんなことに」という驚きと問いがこの小説の肝なのではないかと思いました。そしてこの「驚きと問い」をいちばん感じているのが作者のヴァージニア・ウルフではないでしょうか。

英語が読めないので偉そうなことが言えないのですが、読む人によっては解釈が異なりそうな複雑な話法を駆使して書かれた心象風景に作中人物の姿をいちばん計りかねているのは作者自身であることが如実に現れています。読書会では翻訳ものを数多く取り上げていますが、今回は翻訳者により読みの印象が違うという感想がかなりありました。たぶん英語から読むことができても読む人によりブレやヅレが生じる『ダロウェイ夫人』を翻訳する作業はかなりの労苦でしょう。今回の読書会の参加者は11人。11人の異なるダロウェイ夫人がそこにはいたと思います。ではダロウェイ夫人と何者なのかという議論の前に時間は尽きてしまったような気がします。それはまた別の機会に。

 

クラリスブックス 石村

 

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