2016年8月
文・石村光太郎

タラゴン(エストラゴン)

「フランス料理には欠かせないハーブのひとつで、「食通のハーブ」と呼ばれ主にヨーロッパで広く使われています。葉の形こそ違いますが、日本の「ヨモギ」の近縁種です。ギリシャ時代から薬草としては知られていましたが、料理に使われるようになったのは中世以降といわれています。」
「特有のアニスのような甘く柔らかな香りとほのかな辛味を持ち合わせたデリケートな風味は、肉や魚の臭みを和らげ、またバターやクリーム等の脂肪分をスッキリさせる効果もあります。」

マスコットフーズ『スパイスを通して「世界の香りとおいしさを」お届けします』より

2016年8月7日(日)クラリスブックスの読書会が開催されました。課題本はサミュエル・ベケットの『ゴドーを待ちながら』を取り上げました。

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クラリスブックスの読書会は前半、参加者全員にひとり5分間ずつ課題本の感想を述べてもらいます。スタッフも入れ10人強の人数ですので、全員の感想が終わると約1時間経過します。その後パンと飲み物を囲んで少し休憩時間からフリートークへと進行します。それはその休憩時間の時の出来事でした。
参加者のひとりの方がタラゴン(エストラゴン)というスパイスを持参されてきたのです。エストラゴンは『ゴドーを待ちながら』の2人の主人公のうちの1人の名前です。何故ベケットがこの名前を主人公に付けたのかはわかりません。しかしこのスパイスのことはもちろん頭にあったとは思います。それが読書会の場に現れるということに、ゴドーを読み解くのに意味が有るや無しかは分かりませんが、一同盛り上がったことは間違いありません。瓶をじっくり見る者、ふたを開け香りを確かめる者、パンにかけて試食する者、「生でいっちゃって大丈夫?」「ちょっと苦いね」「あっ、かけすぎた」
飲食の時間ということもあり、ゴドーの話から脱線してひとつの香辛料の小瓶をめぐり様々なリアクションが繰り広げられました。この光景はエストラゴンという登場人物を持つ『ゴドーを待ちながら』という1冊の本をめぐる読書会のハイライトの場面として深く記憶に植え付けられました。

『ゴドー待ちながら』は登場人物5人、2幕ものの戯曲です。場面はある道端、そこには木が一本あるだけの簡素な舞台設定、そこでひたすらゴドーという人物を待つ2人の男とそこを通り過ぎる3人の人物とのやりとり。起伏に富んだストーリー展開は無く、一見意味の無いような台詞のやりとりが、面白可笑しくもあり、薄ら寒い気味の悪さを感じさせるようでもあり、ただ時間だけが過ぎてゆく。いや、1幕目から2幕目へと進むと時間の経過すら曖昧なまま、不毛な繰り返しが続いてゆくような思いにさせられます。ヒーローもヒロインもおらず、クライマックスもおとずれない、正直言えばよくわからないまま終わってしまう劇です。
「不条理」「難解」といった言葉が定番の解釈として、この作品についてまわります。「難しかった、何か良く分からなかった」と感想をもらし終わらせてしますことは「難しい」という言葉とは裏腹に、安易なとらえ方だと思います。
「出口」「精神病」「停滞」「桐島」「離人」「漫才」「リズム」「身体」「解放」「光」「うしろめたさ」「放棄」「諸星大二郎」「ひまつぶし」「無意味」「伝統」
今回の読書会のメモの中から印象に残った言葉を拾いだしてみました。どういう文脈で発言されたかは良く覚えていないのですが、「ゴドーを待ちながら」は様々な言葉を誘発させます。ある人は帽子を延々とかぶり替える場面に笑いをこらえきれなくなったり、ある人は無為な時間におかれたやり場の無さに恐怖感を覚えたりと、読む人、観る人によりあらゆる体験が可能な劇なのだと思います。そして先ほど記述した読書会なかばのスパイスを巡る脱線も、ゴドーにより導かれた体験の一つなのだと思いました。
「ゴドー」とは何か問いには確かに「わからない」という言葉が相応しいのかもしれません。その答えはベケット自身も用意していないのかもしれない。ではその「わからない」を楽しんじゃえばいいのだ、そこから導きださせるありとあらゆる可能性を語り続けていくことが『ゴドーを待ちながら』を読む、あるいは観るということなのでないでしょうか。

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今回の読書会には演劇の仕事をされている方もいらっしゃり、ベケットに関する詳細な話も聴くことができました。ベケットの遺族の意向でこの『ゴドーを待ちながら』を上演する際はオリジナルの台詞をいっさい変更することを許されないそうです。頑固な話だなと思いましたが、それほど考えぬいて書かれた戯曲なのだなと思いました。ベケット以降、影響をうけた不条理(この言葉はあまり好きではありません)劇やナンセンスなコメディは数々ありますが、未だゴドーが上演され続けることを考えると、この作品の持つ完成度は動かしがたいものなのでしょう。演出と役者の力でどれだけ新しいゴドーを生み出すかが後に続く人たちの仕事なのでしょう。

最後にプロのかたのお勧めとして「ゴドーを待ちながら」を読む時に実際に音読してみることをアドバイスとしていただきました。実際私も読みながらたまに声に出してみたりしたのですが、プロの俳優の掛け合いも楽しいでしょうが自分だけの世界にひとつのゴドーを演出するのも楽しい作業かもしれません。

クラリスブックス 石村光太郎

 

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