2017年3月
文・石村光太郎

 

2017年3月5日(日)クラリスブックスの読書会が開催されました。課題本は小林秀雄の『モオツァルト・無常ということ』を取り上げました。

いつも前半はひとりずつ感想を述べてもらい、後半はフリートークというのが読書会の流れです。全員が語り前半が終わるころには、その日の作品により何となく場の雰囲気ができあがります。たいていは一通り意見も出揃い、緊張も解け、若干の言い足りなさを感じながらも、ほっと一息な軽々とした雰囲気で前半は終えるのですが、今回は何ともずっしりと重々しくどんよりとした空気が部屋の中に満たされていたような気分でした。

古本買取クラリスブックス 読書会 小林秀雄

「むずかしいな・・・」「よくわからない・・・」と参加者の皆さんの顔にかいてあるようでした。論理的でない、自分だけわかっている書き方、めんどうくさそうな人、何が良いのかわからない・・・
読後のフラストレーションの溜まり具合が窺い知ることができる感想が続きました。読み手を突き放すような我が道をゆく文章、その唯我独尊な筆致を独創的と捕え楽しむ人もいるでしょうが、とっつきにくいなあと思い一読して毛嫌いしてしまう人もいるでしょう。

小林秀雄は批評家として名を成す以前、創作も手がけたことがあったのですが、その自意識過剰な出来が盟友の中原中也に批判されたことも一因としてあり、創作から批評への道を進んだということです。小林秀雄の書いたものから押し寄せてくる重圧感や人を寄せ付けない雰囲気は、彼の内にある彼自身どうしようもない膨れ上がった自意識、自我といったものの力なのかもしれません。

では小林秀雄は自己中心的な傲慢な書き手であったのでしょうか。
今回、読書会では次のような感想も聞かれました。「小林秀雄は断定しない。」というものです。独自の解釈、独自の文体で論を展開するが、そこに論を閉じる断定はない。道頓堀をうろついている時に頭の中に鳴るモオツァルト、蘇我馬子の墓で弁当を食いながら抱く懐古への情など、芸術や歴史の世界へと切り込んでゆく独特な語り口。これら小林秀雄の強烈に個性的な語り口に人は魅了され、惑わされ、あるいは嫌悪感を抱かされたりします。しかし彼は語る対象に対し、拙速な独断を自身や読者に許しません。常に「何々ではないか」と問いかけるように、あるいは読むものに身を委ねるようにして文章が書かれているように見受けられます。実は小林秀雄は自信の無い人だったのではないかと言う意見もありました。

強烈な自意識、抑えきれない自我、創作の中では制御できないおのれをもっと強大な存在にぶつけることで作品を成すがために、小林秀雄は批評という手段を選んだのではないでしょうか。強大な存在とは、モオツァルト、実朝、西行、といった人物もそうですが、彼らや彼らの作品を育み、呑み込んでいった歴史、小林秀雄という強烈な個性による読みによってもびくともしない壮大な歴史や伝統という長大に語り継がれてゆく物語であったと思います。

古本買取クラリスブックス 読書会 小林秀雄

小林秀雄は「偶像崇拝」という一編の中で折口信夫の仏教美術への独特な解釈を上げ、いにしえの美と折口信夫という個性の衝突が普遍的な美を現前させるというようなことを述べています。折口信夫という(小林秀雄にとって)信頼にたる語り部の存在を足がかりにして、伝統の世界へ分け入ってゆく。そして小林秀雄もまた折口信夫のように後を継ぐものの足がかりとなれる歴史と伝統の語り部となるべく、批評という仕事に己の個性の発露を見いだし、見事に開花させたのではないでしょうか。

小林秀雄を読むにあたり注意しなくてはいけないと思うことは、彼の巨大な業績に対する盲信や陶酔の姿勢だと思います。彼の文章のいわゆるかっこいいフレーズはうわべだけの追随者を生む危険を孕んでいます。もちろんそれは彼が最も望まない事態であるはずです。
今回の読書会では彼の決して理論的とはいえない文章に躓き、独善的ともいえる強烈な個性に嫌悪を覚え、それでもなお人を魅了する小林秀雄という存在に挑もうとしましたが、最後まで重苦しくもやもやとした空気をひきずったまま終了しました。難解であるという言葉で片付けるのではなく、小林秀雄が対峙し、おのれの言葉を駆使して伝えようとした、我々の時代にも地続きの物語を、多少胃もたれを覚えつつも咀嚼し、また後の時代へと継いでゆかなければならないでしょう。その作業はスリリングで楽しいものだと思います。微力ながらも読書会という場がその一端を担えることできれば幸いです。

 

クラリスブックス 石村

 

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