2017年8月
文・石村光太郎

 

2017年8月6日(日)クラリスブックスの読書会が開催されました。課題本はイプセンの『人形の家』を取り上げました。

『人形の家』のみならずイプセンの戯曲は、現在も読み継がれ世界各地で頻繁に上演され続けています。時代的な背景もあり社会的な規範が相容れぬ部分もあるのでしょうが、現代にも通じる普遍的な人間の姿が生き生きと強固に描かれているからでしょう。今回の読書会でも『人形の家』に描かれた結婚とその男女のあり方を問う姿を我と我が身の状況に鑑み、結婚の困難さを熱く吐露する参加者もおられ、現代にも生き続けている作品なのだなと感じました。

『人形の家』の主な登場人物は5人、そしてこの5人が過不足なく配役されていると感じました。演劇は同じく物語を表現する小説や映画よりも、時間や場面の転換に制約が課せられるので、この戯曲におけるリンデ夫人とクロクスタのように過去に因縁のあった人物が、いかに偶然に都合良く同じ場所に居合わせても、観客に不自然さを感じさせずに人物を配置し、キャラクターを作り上げなくてはなりません。イプセンはその課題に応え、このドラマに必要不可欠な5人を見事にひとつの部屋に集合せしめたと思います。
そしてこの5人は第3幕において各々が最初の印象とは違う顔を見せてきます。例えばクロクスタは第1幕においてはかなり悪辣なイメージであったのが、第3幕で彼の身の上やリンデ夫人とのやりとりを見るに、私は彼に登場人物のなかでいちばん好印象を抱くにいたりました。自分の保身から良き夫から身勝手な男へと変貌するヘルメル。一見かよわく孤独な未亡人と登場するが、気丈に振る舞い、新たな愛を得るリンデ夫人。そして自分の思いと感情のすべてを夫への愛へと献身するも、その愛に対する夫の背信を悟り表情を失うノーラ。この各々が重層的なキャラクターを持つ登場人物に対して、この戯曲を読む者、実際に芝居を観る者、そしてこれらを演ずる者らは皆、様々な思いと解釈を抱くことでしょう。登場人物の多面的なキャラクター設定と彼らの適材適所な配置。これらは長い年月を経ても色褪せない演劇の普遍性を支える要素なのだと思いました。
今回の読書会の参加者の皆が、この作品のうちのランクという人物の役割が掴みきれずに首をひねっていました。そこにひとりの方がランクという人物は騎士道の終焉の象徴なのではないかと意見され、一同膝を打つような瞬間がありました。『人形の家』の書かれた時代は19世紀。騎士道精神のロマンの時代から実利のリアリズムの時代へ、近代、現代へとなだれ込んでゆくその過渡期です。その時代の変化が是か非かイプセンははっきりと示しておらず課題として問いかけています。そして現代においてもその問いかけは引き続き模索されています。『人形の家』とともにランクという人物も滅びる運命にありながら生き続けるという逆説的な存在感で作品を支えてゆくのです。

今回は演劇の仕事をされている方が参加されました。19世紀の演劇とその中にあって、ノルウェーのイプセンやロシアのチェーホフらが、近現代の演劇の祖としていかに画期的な存在であったのか、そのあたりの状況を解説いただきました。また『人形の家』がこれまでどのような上演をされてきたか、様々なヴァージョンを聴くことが出来ました。課題本にひとりで向かう読書体験では得られない周辺の情報や、先ほどのランクの人物像のように作品のより深い解釈へと読書会という場は誘ってくれます。そして何よりも『人形の家』のような古典が21世紀の現代にも色褪せずに放ち続ける強靭な問題提起が我々を饒舌に語らせて止まないのだと思います。
我々は『人形の家』の舞台を実際に観たくてうずうずして読書会を終えました。現代においてどういう舞台になるのだろう、あの部屋は、あの扉はどう演出されるのか。どの役者があの5人をどんな風に仕立てるのか、わくわくしながらその日を待ちます。

 

クラリスブックス 石村

 

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