2016年6月
文・石村光太郎

2016年6月5日(日)クラリスブックスにて読書会が開催されました。
課題本は石牟礼道子の『苦海浄土』を取り上げました。

「水俣病」人類史上初といってよい工場の排水による環境汚染による公害。後手後手にまわった対策と隠蔽のために拡大した被害。その地に暮らし、日々の営みを刻々と無惨に奪われてゆく人々を目の当たりにし、被害者たちの声を聞いてきた一人の主婦が描いた作品が「苦海浄土」です。水俣病に関するルポルタージュ的側面はありますが、この作品の魅力は作者の石牟礼道子さんが被害者の漁民の人々の日々の暮らしの中に溶け込み、その連綿と続いてきた営みとその崩壊のさなかに身を置き、寄り添い続けたことにあると思います。医師の報告書や新聞記事等の無味乾燥な引用文よりも、里の言葉で語る民の人間味溢れる描写に我々は感動をおぼえ、この人たちの被ってしまった惨禍に何とも釈然としない強い感情が込み上げてきます。

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「あねさん、わしゃふとか成功どころか、七十になって、めかかりの通りの暮らしにやっとかっとたどりついて、一生のうち、なんも自慢するこたなかが、そりゃちっとぐらいのこまんか嘘はときの方便で使いとおしたことはあるが、人のもんをくすねたりだましたり、泥棒も人殺しも悪かことはいっちょもせんごと気をつけて、人にゃメイワクかけんごと、信心深う暮らしてきやしたて、なんでもうじき、お迎いのこらすころになってから、こがんした災難に、遭わんばならんとでござっしゅかい。」
普通の身体と普通の生活を返してくれという簡単な問いかけが、水俣病発生以来60年になろうとしている現在にも様々な禍根を残し、宙に浮いたままになっています。水俣病を引き起こした企業と文明社会を糾弾するだけで事が解決するのならば簡単です。糾弾の声をあげる我々人類はみな文明の恩恵に浴して生きています。「苦海浄土」は単純には済まされない世の姿も容赦なく写し取っています。読者はどこに自分の身を置いてよいのか切実に考えさせられてしまいます。そんなこともあって今回の読書会はもやもや〜っとした空気を残して終わった気がします。
今回の読書会には石牟礼道子さんに実際にお会いになられた方が参加されました。実際に会ってしまったがために、いっそう立ち位置がわからなくなってしまったと、発言されていたのが印象に残りました。
これは余談ですが、実際の石牟礼さんは10センチくらい宙に浮いているような感じの人だそうです。言い得て妙な表現だなと皆納得しました。

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今回の参加者の中には「苦海浄土」を知っており、読まなければならないと思いながら、気が重くて読まずにいたという方が何人かおられました。伝え聞く内容からそう思うことは無理もないと思いますが、絶望的な状況の中でも時にユーモアをもって描写される人々の生きる姿には、怒りや悲しみといった感情と同時に、なにかほのぼのとしたものを感じてしまいます。どこまでも人間の根源に寄り添い続けようとする石牟礼さんの姿勢ゆえに、この本が、ある場所に起きた一つの事件の書ではなく、人類全体に想像力を喚起させる稀有な文学として読み継がれているのだと思います。
読もうと思いつつ何となく読むことを躊躇している本があって、もし時間に余裕があったら、そっとページをめくってみると、きっと本は優しく迎え入れてくれると思います。今回の「苦海浄土」もそうですが、読書会が本へと向かうきっかけとなれればと思います。

クラリスブックスの読書会は今回で30回目の開催となりました。店主をはじめスタッフが日々の忙しさを言い訳に、本を読むことをあまりにもないがしろにしているのは、本屋としてちょっとまずいんじゃないのという思いから、じゃあ読書会を開催して無理矢理にでも本を読む状況を作ろうという動機から始めました。友人同士が集まっての読書会というのは経験がありましたし、なんとなくその延長線上の感じで始めた会でした。
結果としてクラリスブックスの認知度を多少拡げる役に立てばという思いはありましたが、読書会に関しては店の営業というより、自分たちの勉強という意味合いが強かったので、特に他の読書会のやり方を参考にすることも無く、自分たちで考えた方法で進行し、そのまま現在に至っています。当初は定員10名がなかなか埋まることはなく、当日みえたお客様がそのまま読書会に参加するなどという日もありました。
おかげさまで最近では定員がすぐにいっぱいになるという盛況ぶりで、誠にありがたく感じております。店の面積や読書会のやり方を考慮するのは難しく、せっかくお申し込みいただいた方をお断りするのは申し訳なく思っております。今後も月一度、基本第一日曜日に開催してゆきます。今後ともよろしくお願い申し上げます。

 

クラリスブックス 石村

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